4人展 ー Osmosis 「浸透」 -の記録

 

期  間 2021年5月21日~6月6日

 作者コメント ・山﨑 康譽 「痕跡(Marks)」
幼少期より人工物、特に経年により風化し断片化した形態、物質感に興味関心があった。
意味をなくした形、道路や壁や塀に残された痕跡。それらからイメージを構築し、新たなしるし、痕跡(Marks)として提示している。

 

   作者コメント  ・日比野 猛 「浮遊する顔料のための交響曲」
顔料の粒子が漂い交わりながら沈殿していく。それはとりとめのない思考に深けて耽けている時に似ている。
粒子は物理法則に即して流動しながらも、最終的に織り成すマチエール(絵肌)は無限のように見える。
混沌から調和へ、それはこの世界の有り体にも似ている。果たしてこの事象は、起点の動作によって定められていた結果なのだろうか? それは今在る自身にもいえることなのだろうか? そんな取り留めのない事を考えながら今も制作を続けている。(会場設置パネル)
OSMOSIS(オズモーシス)、浸透を意味するこの展覧会名で私は、初期のコンセプトの段階で「音楽」による浸透をイメージさせる要素を考えていた。
そこに自身の顔料による流しこみによる制作工程と合わせて考えたとき、高島進氏の作品コンセプトにとても強い影響を受けて。「浮遊する顔料のための交響曲」というタイトルを付けさせて頂きました。
作品には3つの「浸透の要素が含まれている。まずは顔料の粒子が水の中で漂い交叉しながら沈殿するのが一つ目の浸透。
それらを楽曲に見立てて空間内にみたされるかのごとく近くされるのが二つ目の浸透。
そして三つめは、四人展に於いて他者のエッセンスを自らに浸透させ、交響曲として昇華させることにある。
グランドピアノのフォルムに模したこの作品は四つのパートに分けられている。これは交響曲が4つの楽章によって構成されていることに因んでいる。
そして、椅子のおかれた手前右から第一楽章として関仁慈師の「本質的なシンプルさ」、手前左に第二楽章として藤下覚師の「二項対立」、奥左に第三楽章として山﨑康譽氏の「痕跡」、奥右に最終楽章として自身の「調和」をイメージした構成となっている。(会場設置パネルより一部抜粋)




   作者コメント ・藤下 覚 「二項対立」
「光と影」や「生と死」のように自然界は必ず相反する2つの事象が対を成して存在しています。
(二項対立)
作品では、表面的なものと本質的(内面)なものとの関係性をテーマに、絵画における画面の在り方を模索しています。



 

作者コメント ・関 仁慈 「無垢」
“シンプルなものの中にこそ、本質的な奥深さがある”
というテーマのもと、うっすらとそこにあるもののエネルギー、形になる前の無垢なそのものを追い求めている。